藪塚石材軌道

明治44年−大正2年

軌道路線図と概要
[Prototype of the RailRoad]

軌道路線図
藪塚石切場跡  明治期に、新田銀行(現群馬銀行)、利根発電を設立し、群馬県議会議員、衆議院議員を務めた地元の実業家 葉住利蔵氏が設立した薮塚石材軌道は、沿線から産出される藪塚石等の運搬を目的に、明治44年(1911年)5月には東武鉄道太田停車場と藪塚間で人車による試運転が行われた。

 薮塚石材軌道は軌間610mm、太田−藪塚間路線長9.17kmの人車鉄道で、当初は群馬県知事許可による「軌道条例によらざる専用軌道」として開通したが、程なく軽便鉄道法による敷設変更を内閣総理大臣に出願し同年7月には免許が下付され、正式に同区間で旅客と石材の輸送が開始された。
 その後、同年9月に太田軽便鉄道と名称変更し、藪塚から大間々(現在の岩宿)、相老への路線延長を申請して許可された。

 その後、太田軽便鉄道は大正2年(1913年)2月に当初から資本関係にあった東武鉄道に買収され、路線の全面改修を終えて同年3月に太田−藪塚−相老間が蒸気鉄道線に生まれ変わった。この路線が現在の東武鉄道桐生線である。


人車と石材トロッコ
太田停車場の人車と石材トロッコ(写真は宮田憲誠氏所蔵)

 藪塚石材軌道に関しては元々史料が乏しく、東武鉄道自身も当時の記録をあまり有しておらず未知の部分が多かったが、鉄道史研究家 宮田憲誠氏の研究成果である著作「遠い日の鉄道風景」(径草社 2001年)によって概要が明らかにされた。特に鮮明な人車写真が同氏によって初めて発表されたことは特筆に値する。

引用参考文献

 著書引用に関して下記の方々に深謝の意を表します。

 宮田憲誠氏著「遠い日の鉄道風景」(径草社 2001年)

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